月夜のメティエ

「結婚する予定がある」

 そう言った奏真の顔、どんなんだったっけ。動転してて覚えていない。

 中学から今まで、恋愛経験がまったく無かったわけではない。でも、あの思い出はあたしの中に根付いて大木に育っていたようだ。気付かないふりをしていただけだ。

 まだ、好きだったんだ。そう、あたしは中学生の時、奏真に恋をしていた。

 おにぎりの残骸を見つめ、今頃、奏真はなにをしているのだろう、美帆ちゃんと一緒だろうかとか、そうえいば、いま住んでるマンションはあのへんだと言っていたなとか、ぼんやり考えていた。結婚の話、ショックだったけど、別に過去のあたし達になにかあったわけじゃない。中学の同級生で、イチオンのピアノの思い出があるだけで、それだけだ。なんてことない、ただの同級生。覚えていてくれてただけでも嬉しいことなのに。

「……」

 休憩時間終了まで、あと15分。ロッカーに行って、トイレに寄って、午後の業務開始ってところか。部長達はまだ帰ってこない。今のうちに休んでおかないと。眠気スッキリガムでも噛んでおこうかな。
 そう思って、ゴミをビニールに詰め込んで結び、席を立った。

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