月夜のメティエ

 イチオンから見たふたり。そして、そういえば同窓会には同じタイミングで来たこと。美帆ちゃんの家はピアノ教室をやっていて……。そして、奏真は結婚の予定がある。相手の名は……ミホ。


「お店連れて来なさいよ~一度。いつ入籍なの? 妊娠してるのよね? 産まれるのいつ?」

 ママの声は一気にそう聞く。
 それは本当なの? ……妊娠してるの? 美帆ちゃんが? 妊娠してるって。
 奏真はビールグラスをトンと置いた。

「……ママは本当におしゃべりだ」

「だってそうじゃないのよぉ。あんまり教えてくれないんだもの」

 男の子かしらね女の子かしら、楽しみねぇとかなんとか、ママの声。奏真は黙ってる。ママだけ喋ってる気がするけど、あたしには遠くに聞こえた。


 点と点が繋がった気がした。14歳の記憶は嫌に鮮明で、ついこの間のよう。

 奏真の結婚相手は、美帆ちゃん。そういうことか。そうなんだ。そうだったんだ。

 しゅるしゅると頭からアルコールが抜けていく感じがして、残りのビールを飲みたいと思わない。喉が詰まったようになった。

 奏真は、美帆ちゃんと結婚するの……相手って美帆ちゃんだったの。しかも……妊娠してるって。


「相田、このあとどうする? また焼き鳥屋にでも」

「あ、あたし帰るよ。明日も仕事だし」

 奏真が言い終わらないうちに、あたしは言った。あたし、いまどんな顔をしてる? 自然な表情をしているんだろうか。ママはお酒の瓶を取りに、カウンターの奥に行っていた。それを目で追う。
 音楽教室で、あたしを抱き締めておいて、彼女が妊娠してるですって……。

「……お、おお、そうか……」

 別に、奏真が誰と結婚しようが、あたしに関係無いじゃないか。美帆ちゃんだって、誰だって。

「じゃあ、まぁもう1杯くらい」

 あたしのグラスを、奏真が掴んだ。半分残ったビールが揺れた。

「うん……なんか、でも、あたしもう帰るわ」

 くだらないくだらない。なんなの。なんでこんな風に胸が乱れるの。あたしがこんな風に思う権利なんか……。

「おい」

 バッグを掴んで、席を立った。財布から急いで千円札を取り出し、カウンターに置く。

「ごめんなさいママ。また来ます。ごちそうさまでした」

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