今昔狐物語
それから、約十年後。
吉原の唯一の出入り口である大門から、一人の美しい女が出て来た。
彼女には右の小指の第一関節から上がない。
今から、その小指を持っている相手に会いに行くのだ。
「水真馳…」
そっと呟いた名前。
瞬間、背中に重みを感じた。
「存外、長かったです」
後ろから抱きしめられる。
愛してやまない相手の声が耳に心地好い。
「やっと、私だけの貴女ですね」
「水真馳…」
彼女は微笑んだ。
それはお客に対していつも見せていた笑みとは全く違った、心からの笑顔。
「行きましょう、幸。住むところは用意してあるんです。一段落ついたら、貴女の故郷へ向かいましょう」
「うん!」
幸の手をとり歩き出す水真馳。
彼の手をキュッと握り返し、幸は言った。
「ねえ、水真馳」
「何ですか?」
――幸せになろうね…
《水真馳編(終)》