駅前ベーカリー
「…うー、ごめん。甘えたいって気持ちはあるんだけど、それがどういう形で出たらいいのかわからない。」
「じゃあやりたいこと言ってみてください。」
「やりたいこと?」

 問われて考える。やりたいことならいっぱいある。時間がなくてできないことばかりだが。思い浮かんだものから一つずつ口にする。

「…読書、美味しいものを食べる、肩凝りをほぐす、あとはーあ、カラオケ行きたい、温泉行きたい、旅行行きたい、ゲームしたい、思う存分眠りたい。」
「それを全部一緒にやるってのはどうですか?」
「えぇ?全部とか!さすがに私の願いばっかりに付き合わせるのは…。」
「ワガママって最大の甘えですよ。」

 そう言うと岡田はさらに甘くなった微笑みを向けてくる。理真はこれに弱い。会えば会うほど弱くなる。

「理真さん、僕に背中を向けてください。」
「え、なんで…。」
「いいから。」

 そう言われて理真は岡田に背を向けて座る。あまり背中を向けたことがないから少しだけ緊張する。
 肩に手が触れた、と思った矢先、岡田の手が理真の肩揉みを始めた。

「凛玖くん!?」
「肩をほぐしたいって言ってたでしょ?痛くないですか?」
「すごく気持ちいいけど…なんか悪いよ!」
「悪くないですよ。僕ばっかり癒されてるなんて不公平ですし。」
「凛玖くんばっかり癒されてるなんてことなくない?私も充分…」
「…そこまで言うなら、僕もちょっと欲張ろうかな。」

 岡田の手が止まり、その手が肩に置かれた。さらりと揺れた髪が理真の首元に触れた。と思った矢先に聞こえたのは耳に直に響く唇の離れた音だった。

「っ…凛玖くん何を…!」
「…ちゅ」

 振り返った唇がそのまま柔らかく塞がれる。離れた先に浮かべた表情は子どもっぽくて可愛い。

「僕は理真さんで充分です。他はいらない。旅行も温泉も美味しいものを食べるのも理真さんと行きたい。カラオケも行きましょう。読書は僕も好きですし、理真さんの好きな本も知りたい。一緒にお昼寝なら今日できます。」

 真っ直ぐ見つめ返してそう言う岡田に理真は口をパクパクと動かすだけだ。それこそ本当に言葉が出てこない。
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