駅前ベーカリー
「あ、そういえば僕、名乗っていませんでしたね。僕、岡田凛玖(オカダリク)といいます。良ければ名前、教えてもらってもいいですか?」

 知りたければ先に名乗る。そんなことをスマートにやってのける岡田は真っ直ぐに理真を見つめていた。

「坂下理真です。いつもパン屋さんでお世話になってます。」
「理真さん…。いえ、いつも美味しそうに食べてくださってありがとうございます。」

 先にペコリと頭を下げた理真に重ねるように岡田も頭を下げた。
 二人の頭が上がって顔を見合わせると自然に笑みが零れた。なんだかおかしい。大の大人がこんな時間に頭を下げあうなんて。

「明日は姪っ子と理真さんを応援しますね。」

 さらりと言われた下の名前に胸が高鳴った。久しぶりの感覚だ。とにかく何かに胸をときめかせている場合じゃないくらいには忙しかった。だからこそ余計に、高鳴りはすぐに収まってくれない。

「私は参加者じゃないですよ。メインは子どもです。」
「でも、こんな偶然、偶然にしておくにはなんだか足りない気がして。
…って長々とすみません。明日お早いんですよね。送ります。家はどっちの方面ですか?」

 さらりと岡田の柔らかそうな髪が揺れた。

「いやっ、そんな!送ってもらう理由がないです!いつも一人で帰ってますし。」
「…理由、ですか。じゃあ僕が送りたいから、でいかがですか?一応理由です。さぁ行きましょう。このまま真っ直ぐでいいんですか?」
「いやっ、あの、まぁそっちですけど!」

 岡田のペースに持っていかれたまま、理真は歩き出す。強引な男は好きじゃないはずだけど、岡田の強引さは嫌いじゃない。それは岡田だからなのか、岡田がそもそも強引ではないからなのかは今の理真には分からない。
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