アイスブルー(ヒカリのずっと前)


拓海が縁側に歩み寄る。


鈴音は網戸を開けた。


拓海は、いつもとどこか違った。


「どうしたの?」
鈴音は訊ねた。


拓海は無言のまま、縁側に座る。
おととい、結城が座ったところと同じ場所に、同じように腰掛ける。


「あがれば?」
鈴音はただならぬ様子の拓海に、優しく言った。


拓海はゆっくりとサンダルを脱ぎ、縁側にあがった。
鈴音は拓海の側に座る。
黒髪が、しっとりと濡れているように見えた。
いつも可愛い印象の拓海は、今日はなぜだか大人のようだ。


「何かあった?」
鈴音は問いかける。


拓海が少し顔を上げる。
鈴音は泣いているのかと思い、顔を近づけたが、泣いてはいなかった。
ただただ、脱力して、彼の真ん中ににあった太陽のような光が、失せていた。


前髪が拓海の眉にかかっている。
鈴音は思わず手を伸ばし、前髪をあげた。
汗をかいている。


「タオルを……」鈴音はそう言って立ち上がりかけたが、拓海が鈴音の腕をつかんで引き止める。


拓海の唇が薄明かりの中で、動く。


「何?」
鈴音が問いかける。


スタンドのオレンジ色の弱い光が、拓海の頬を照らす。


「結城が」

「結城くんが、どうしたの?」
鈴音は先日の結城の様子を思い出した。


繊細そうで、扱いにくそうで、それでいて、とても暖かい人に見えた。


「結城が……首を……」
拓海が震えだす。

「え?」
鈴音は驚いて、目を開いた。

「結城が、首を吊って、死のうとした」
拓海は尋常じゃなく震えている。

「無事なの?」
鈴音の脳裏に、結城の顔が次々と映し出された。

「助かった。で、でも」
拓海の目が、すがるように鈴音を見つめる。

「おいで」
鈴音は拓海に両手を差し出した。


拓海は鈴音の懐に身をゆだねる。
鈴音はそっと背中を抱きしめた。
小さいと思っていたが、やはり男性の背中だった。
自分よりもずっとたくましい。
その背中を優しくなでた。


「僕、気づいてた。結城が苦しんでいるって、わかってた。何度も映像をみた。あいつは泣いてた」


拓海は一層きつく、鈴音に手を回す。


「自分のことに精一杯で、深く考えないようにしてたんだ。僕が守ってやらなくちゃいけなかったのに」


鈴音は何も言うことができず、ただただ、拓海の背中をさすり続ける。


「あいつに彼女ができたとき、僕はほっとした。あいつが僕と関係のない時間を持っていることに安心したんだ」


鈴音はなんとなく、結城が命を絶とうとした理由を察し始めた。


「もう、結城には会えない」
拓海が呆然とした様子で口にする。

「あいつ……気づかれずに逝きたかったって。そんな……」
拓海が声に詰まる。



「気づいてしまったら、もう、元には戻れない」



拓海の髪をなでる。

我が子のように
恋人のように愛しい。
特別な人。



「いなくならないで」
拓海がつぶやく。


「うん」
鈴音は心からそう返事をした。



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