アイスブルー(ヒカリのずっと前)


鈴音は緊張していた。
不安だった。


部屋に入ると、居間の蛍光灯をつけ、ちらりと時計を見る。


五時すぎ。
拓海が帰って来てしまう。


鈴音はテーブルの近くに座布団をおき、どうぞと勧めた。
女性は礼儀正しく頷くと、そこに正座をした。


鈴音は台所で暖かい緑茶を入れる。
緑の葉のかほり。
鈴音はそのかほりを吸い込んで、落ち着こうと自分に言い聞かせた。


鈴音はテーブルの上の縫い物をまとめ、テーブルの下にいれる。


お茶を出し「どうぞ」と声をかけた。


「ありがとうございます」
女性はお辞儀をし、湯のみを手に取る。


荒れた手。
爪は短く切られており、乾燥している。


女性は湯のみを口につけると、目をあげた。


外ではわからなかったが、似ていた。
声だけではなく、姿も似ている。
小柄で、愛らしい顔をしている。
この女性も、かつてはとてもかわいらしいと、褒めそやされただろう。

今は疲れ、そして張りつめていた。


「拓海が、お世話になっているそうで」
拓海の母親は湯のみをテーブルに置くと、話しだした。

「……いえ、こちらこそ、本当にお世話になっています」
鈴音は答える。

「卒業後、こちらで働かせていただくと、息子から伺いました」

「拓海さんが、そうしたいと言ってくださって」
鈴音が控えめに答えた。


母親が少し頭を下げる。
「あの子は、まだ十八です」

「はい」
神妙な様子の母親に、鈴音は戸惑った。
もっと罵倒されるかと思っていたからだ。


「もし……もし可能なら、あの子と少し離れてやってはいただけませんか?」


予想通りの言葉に、鈴音は黙ってうつむいた。


「あの子は、今、自分を見失っているだけなんです。あなたのことを、母親だと思っている」

「いえ、あの、誤解されています」

「あの子の口から聞きました。あなたが前世で母親だったと」

「……」

「多感な時期です。そういった神秘的な話は、あの子を刺激したんだと思います」

「……」

「ここ最近、あの子の様子がおかしい。あの子が一番親しくしていた友人が……怪我をしたというのに、心配している素振りも見せない。優しい子なのに、おかしいです。あなたのことで頭がいっぱいになってしまっていて、他のことに目がいかなくなってしまってるんです」


母親が座布団から降りる。


「どうか、どうか、あの子を解放してください」
母親がおでこを畳につけ、願った。


「神秘的な話をして、あの子を惑わさないでください」


鈴音は母親の頭部を見つめる。

髪に艶はなく、着古したシャツの襟が、よれていた。


自分と同じ歳。
自分と同じ歳で妊娠し、産むことを選んだ。


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