アイスブルー(ヒカリのずっと前)


母親も自分と同じ年月を過ごしている。


白髪まじりの髪を一つに縛り、白いブラウスを着ている。
ベージュのスカートからは、細い足がのぞく。
勤めていた頃と同様身ぎれいにしていたが、疲れは隠せていなかった。


「懐かしいわ」
玄関に入ると、母親は目を細めた。

「いらっしゃい。入って」
鈴音は母親を招き入れた。


母親は神妙な顔をして、周りを見回した。
「まだ、おばあちゃんが住んでるみたい」

「でしょう?気配がする」
鈴音が言う。


母親は部屋に入り、縁側近くの風通しのいい場所に座る。


「お昼は麺にした。韓国風のぴりっとした、冷やし麺」
鈴音は台所から大きな声で話しかけた。

「おいしそうね」
母親が答えた。

「先に麦茶、どうぞ。麺をこれからゆでるから」
鈴音は麦茶のグラスを持って行き、手渡した。

「ありがとう。ちょっと上を見て来てもいい?」
母親が二階を指差す。

「いいわよ、もちろん」


母親は立ちあがり、二階に上がって行く。
鈴音は台所で大鍋にお湯を沸かし始めた。


二階から、母親がゆっくりと歩く、ミシミシという音が響いてくる。
鍋から湯気が上がりはじめた。


鈴音が高校を卒業するまで、母親と鈴音はここで祖母と住んでいた。
父親は単身赴任で東北に行っていたため、母親の実家であるこの家で過ごしていたのだ。


祖父はずいぶん前に他界していた。
母親はその頃働いていて、鈴音はずっと祖母と一緒だった。


「さあ、できた」
キムチを添えて、彩りにエゴマをのせる。
折りたたみ式座卓を出して、縁側近くにセットした。


「おいしそう」
二階から降りて来た母親が言った。

「のびないうちにどうぞ」

「いただきます」
母親が手を合わせ、目を閉じて丁寧に言う。

「いただきます」
鈴音も同様に手を合わせた。
二人は静かに食事を進めた。

< 29 / 144 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop