アイスブルー(ヒカリのずっと前)


「知ってる人?」


そう問いかけられて、拓海は我に返った。


「あ、うん……いや、知らないよ」
慌てて答える。

「どっちだよ」
結城が笑いながら言った。

「知らない人」
拓海は結城を見上げて答えた。

「じゃあ、なんでそんなに驚いてるんだ?」
結城の前髪が風にゆれる。

「なんでもないよ」
拓海は鬱陶しそうに言った。

「ふうん」
結城が納得いかないというような顔をして、歩き出した。
拓海も後ろに続く。

「まさか好みのタイプとか?」
結城が振り返りながら聞いた。

男性とは思えないきれいな顔に、からかうような笑みを浮かべている。


「何いってるんだよ」
拓海が眉間に皺をよせた。

「だってすごい見てるから」

「ちょっと気になっただけだよ」


女性は後ろを何度か振り返り、左の角を折れて見えなくなった。


「ずいぶん年上じゃないか? お前のおふくろさんぐらいかな」

「そうかな?」
拓海が首を傾げる。

「三十は超えてるよ」
結城がうなづきながら言う。
「番号聞いて来てやろうか?」

「何言ってるんだ。違うよ。もうやめ」
拓海は足を早め、結城を追い越した。

「冗談が通じないな」
結城は笑いながら拓海の肩を叩いた。


再び隣に並んだ結城を、拓海はちらりと見上げる。


拓海よりも背が高く、足が長い。
結城の艶のある髪は、子供の頃からこの色だ。

陽があたると、深紅に見える時がある、黒。


「ねえ、いつ宿題やったの?」
拓海は話題を変えた。

「昨日の授業中」

「そうなの?いつのまに」
拓海は感嘆の声をあげる。

「だって時間の無駄だろう? 先生の話は、聞く必要がないから」
結城は当然というように答える。

「結城は要領がいいよな。頭がいいっていうよりも、要領がいい」
拓海が言った。

「何言ってるんだ。頭もいいよ。俺の宿題を写させてもらおうっていうのに、感謝が足りないよな」

「そんなことないよ。感謝してるさ」

「急ごうぜ。写すのだって時間がかかる」
結城が拓海をせき立てた。
< 3 / 144 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop