アイスブルー(ヒカリのずっと前)


二人は黙って電車に乗り込んだ。
扉近くに二人で立つ。
車内は座れないけれど、混んでもいない。
節電のため車内の電灯は消されていて薄暗い。
発車の音がして、扉がしまる。


電車が動き出して、拓海は思わずよろけた。
結城は拓海の腕をつかんで、扉脇の手すりにつかまらせた。


拓海は結城を見上げる。
いつもと変わらないような気もする。
でもいつもとはまったく違うような気もする。


拓海の不思議な力は、知りたいことは教えてくれない。


「なんて言ったの?」
拓海は訊ねた。

「え? なんか言ったっけ?」
結城が答えた。

「なんだよ」
拓海は思わずふくれた。


それを見て、結城が笑う。


車窓には、流れる景色。
濃い緑が後ろに飛んで行く。


「こんなに話してないの、初めてだよな」
結城が言った。

「うん」

「でもいつか、こんな日がくると思ってたよ」

「なんだよ、それ」
拓海はびっくりして結城を見上げた。

「だって、お互い就職したり、結婚したり、子供ができたりしたら、一緒にはいないだろう?」

「そりゃそうだよ」

「そう言う意味」

「ふうん」
拓海はなんだか釈然としない気持ちになった。

「寂しいからって言って、結婚したのに隣に引っ越して来たりするなよ」
結城が言った。

「するかよ」
拓海は結城のいつもの軽口に、安心する。


電車のスピードは徐々に緩やかになり、拓海の降りる駅に近づいて来た。


「あの人によろしく」
結城が言った。

「うん」
拓海は頷いた。

「なあ」
結城が言う。

「何?」
拓海は窓からホームを見ていたが、声をかけられて振り向いた。



「避けるなよ」



拓海は「あ」と口を開く。



扉が開き、外の熱気に腕が触れた。
他の乗客に押されるように、拓海も外に出た。


ホームで結城を振り向く。

結城の顔。
なんだろう、この顔。
この感じ。

まるで自分が守られて、大事にされているような、そんな気持ちにさせられる。


結城は微笑んだ。
結城は手を上げ、扉が閉まる。


電車はゆっくりと動きだし、次第にスピードを早める。
すごい音とともに、電車は走り去っていった。


「やっぱり、気づいてたんだな」
拓海はそうつぶやくと、改札の方へと足を向けた。


空は青くて、
高くて、
その先にもっと広くて、
想像もつかないような世界があるのを感じさせた。


「今度、結城に相談してみようかな」
拓海はあの結城の微笑みを見て、そう思った。


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