婚約者から逃げ切るだけの簡単なお仕事です。
ホールとは打って変わった冷たい風に思わず目を細めていると、
「あの、西山くん。さっきから何か悩んでるでしょ」
そう言って、隣の女――クラスメイトの長谷川が、俺をまっすぐに見つめてきた。
その綺麗な視線に少しドキリとした俺は、それを隠すために反射的に笑顔を浮かべる。
「いえ、そんなことはありませんよ?さっきも少し考え事をしていただけですし」
「ふっふっふ、取り繕ったってもう遅いよー?さっき聞いた時、思いっきり目が泳いでたの見たもん」
図星だったんでしょー?と言いながら、長谷川は少し意地悪そうにニヤリと笑った。
その表情から思わず顔をそむけると、それに合わせて正面に回り込んでくる。
(なんだコイツ、うっとおしい)
俺は心の中でうんざりしながら、長谷川に
『まぁ、悩んでないといえば嘘になりますけどね』
とさみしそうな笑顔を見せておいた。もちろん演技だ。
くそっ、星華に見せつけてやろうと思ってテキトーに隣の席の女子をパートナーに誘ったが
……人選ミスだったか。めんどくせぇ。
しかしそんな俺の思いなど露知らず、対する長谷川はなぜか誇らしげに胸を張り、
そこを握り拳でトントン叩いている。
いったい何をしているんだこいつ……と思っていると、
「星華ちゃんの――恋愛のことで悩んでるなら、相談に乗るよ?」
悪戯っぽい笑顔と共に聞こえたその言葉に、俺は一瞬硬直してしまった。
そしてその反応を見てさらに確信を深めたらしい長谷川が、ニコニコと笑顔を作る。