ラストバージン
「夕食はもう済まされましたか?」

「いいえ、まだ……」

「じゃあ、お店を変えませんか? つい最近、この近くにいい小料理屋を見付けたんですよ」


ニッコリと笑った佐原さんは、手にしたばかりのメニューを戻そうとしたけれど……。

「あの、今日はここで……」

私の表情と言葉に何かを感じ取ったのか、その手を止めた。


仕事帰りの佐原さんも、きっと夕食を済ませていないのだろう。
だけど、食事をしながら自分の気持ちを話せる程、私は器用じゃない。


少し騒がしいくらいのカフェの方が、まだ僅かに話し易いはずだ。
そんな考えでこの場に来た私の気持ちを知ってか知らずか、佐原さんは近くを通り掛かった店員にエスプレッソを注文し、小さな笑みを浮かべた。


「結木さんのお話、聞かせて下さい」


そう言った彼が眉を寄せた直後、私がこれから話す内容を少なからず察しているのだと思えて……。

「はい」

気が重い事には変わりないのに、それでもキッカケを与えて貰えた事であっという間に決意が固まる。


「……単刀直入に言わせて頂きます」


店員がエスプレッソを運んで来るのを待ち、佐原さんがカップに口を付けたのを見計らってから話を切り出した。

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