ラストバージン
「結婚なんて、人それぞれにタイミングがありますからね。結木さんには結木さんのタイミングがあって、それがまだ訪れていないだけですよ」

「そうなんでしょうか……」

「えぇ、きっとね。それに、まだお若いんですから、別に焦る事もないでしょう」

「若くなんて……。私、もう三十ですよ……」

「私より、四十歳以上もお若いじゃないですか。まだまだこれからですよ」


心の奥底ではちっとも出口の見えない悩みに苦しんでいるのに、マスターがどうって事はないとでも言うように笑うから、本当にそんな気がして来てしまう。


「マスターがそう言って下さると、何だか本当にそんな気がして来ました」


さっきよりも柔らかい苦笑を浮かべると、彼は目尻のシワを深く刻んだ。


仕事の些細な愚痴や、ちょっとした悩み。
周囲に中々甘えられない私が時々零すそれらを、マスターはいつも優しく受け止めてくれる。


こうして弱音を吐く空間を与えて貰える事が、ここに足繁く通う一番の理由なのかもしれない。


「もう一杯いただけますか?」

「かしこまりました」


丁寧に淹れられた二杯目のブレンドもゆっくりと味わい、マスターとの穏やかなひと時を過ごした。

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