ラストバージン
温かい時間を過ごして電車に乗った私は、見慣れた駅で降りて榛名さんと待ち合わせをしている楓に向かった。


めでたくゴールインをした菜摘はもちろん、相変わらず育児に追われている恭子もとても幸せそうだ。
『まるで小さな怪獣よ』なんて言われている恭平君も、すくすくと育っている。


菜摘も恭子も、私と榛名さんの事を温かく見守ってくれているけれど、二人ともすっかり心配性になってしまったらしく、事あるごとに連絡をくれる。


恋人に二人の親友、そして家族。
大切な人がたくさんいる事への幸せを噛み締めていると、あっという間に楓に着いた。


「いらっしゃいませ」


ドアを開けると剥げた銅の鐘が鳴り、いつものようにマスターが迎え入れてくれる。


「こんにちは、マスター」


笑顔で挨拶をしてカウンターの左端に視線を遣ると、優しい瞳が私を見つめていた。
柔らかな笑顔に、胸の奥が高鳴る。


フワリと鼻先をくすぐったのは、胸元で抱いているブーケの香り。
その直後にふと過ぎったのは、甘やかで幸せな予感。


「葵」


微笑み合った私達が『愛してる』という言葉を交わすのは、もしかしたらそんなに遠い日の事じゃないのかもしれない――。

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