ラストバージン
「私の場合は母だったんですけど、半ば強引にお見合い話を進められていて断り切れなくて……」


琥珀色をした切れ長の瞳を小さく見開いた榛名さんは、「すごい偶然ですね」と眉を寄せて笑った。
そんな彼に、自嘲混じりの笑みを返す。


「私も会うだけみたいな感じだったんですけど、結局はきちんとお断り出来ないまま連絡先まで交換してしまって……。我ながら、軽薄だったと思います」


自分の事を話すのに抵抗が無かった訳じゃないのに、不思議なくらい言葉がスラスラと出て来る。
マスターにならまだしも、ただの顔見知り程度の男性にこんな事を話すなんて……。


もしかしたら、マスターがサービスしてくれた洋酒の風味がしたあのチョコレートに酔ってしまったのだろうか。
そんな事を頭の片隅で考えながら、榛名さんに微笑みを向けた。


「だから、きちんとお断りされた榛名さんは、とても誠実だと思います」

「そんなんじゃありませんよ」


私の言葉に耳を傾けていた榛名さんは、どこか困ったように笑ったけれど……。

「でも、ありがとうございます」

続けて柔らかな声音でそう言って、少しだけ嬉しそうに笑った。


私は首を小さく横に振った後、自然と浮かんでいた笑みを返した。

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