みあげればソラ

弘幸の言葉を信じよう。

そう思った矢先に事件が起きた。

「お前がここに居ても何の役にも立たねぇよ。

兎に角お前は家に帰って待ってろ、沙希も帰ってくるし」

自分のせいだ、と、混乱して取り乱した由貴を気遣って、弘幸は由貴に役割を与えてくれた。

由貴はいつも美亜がしているように、食事の支度をしてお風呂を沸かして、皆の帰りを待った。

少しだけ気持ちは落ち着いたが、それでも不安は拭えなかった。


美亜は渋ったのに、由貴が無理矢理駅前に連れ出したのだ。

由貴はどうしても新しい下着が欲しかった。

生まれ変わった気持ちになりたかった。

勉強の合間に少しだけ許されたアルバイトで、やっと自由になるお金が入ったのだ。

そう思ったとして何が悪いというのだろう。


嗚呼、それがこんな事態を引き起こすとは……


血まみれの美亜が弘幸に抱えられて帰ってきた時、由貴は自分を責めた。

自分が買い物に連れ出したりしなければ、美亜があの男に会うこともなかったのだ。


「ミアは大丈夫だ。

この血はミアのじゃない。

泣くな、もう終わったんだ」

弘幸にそう言われて、由貴は自分が泣いていることに気が付いた。

「ほら、風呂、沸いてるだろ?

お前、一緒に入ってやってくれ」

用意していた下着とタオルを持って、美亜の背中を支えながら風呂場へと歩いていく。

「ミアさん、ごめんなさい。

わたしが駅前に連れ出したばっかりに……」

やっとのことで声を絞り出した。

由貴はどうしても美亜に一言謝っておきたかったのだ。

「ゆきちゃんのせいじゃないよ。

わたしはだいじょうぶ。

もうまけないから」

「えっ、ミ、ミアさん……、声……」

あまりに驚いて、由貴は耳に届いた言葉の意味よりも、聞こえた声そのものに意識がとられて混乱した。

それは低く掠れたような小さな声ではあったが、確かに美亜から発せられた声だったから。
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