みあげればソラ


体調が優れない幸恵を気遣って、フレディが彼女と一緒に日本に立ち寄ったのは、忘れもしない27年前の夏。

病院で精密検査を受けて、幸恵の妊娠がわかった。


「やったな、俺もとうとう父親か」


悪びれも、たじろぎもせず、フレディは真っ直ぐに彼女の目を見て言ったのだ。

「サチエ、この仕事から戻ったら結婚しよう」と。


幸恵は、素直に嬉しかった。

同じジャーナリストとして、彼を尊敬していた。

彼の機転で助けられたことも何度もあった。

彼は慎重で勇敢で、そして博愛主義者だった。

彼と言葉を交わした者は、人種・宗教・信条の違いを超えて、彼の人間性に惹かれることになる。

幸恵もその中の一人だった。


だから、戦争の色濃くなったイラクへの取材にフレディが向かった時も、彼女に不安はなかった。

「いい仕事をしてきて。わたしはしっかりこの子を産んで待ってるから」

「楽しみだな」

彼は笑って出かけていったのに。

まさか、流れ弾に当たって命を落とすとは……

想像もしていなかった。


——フレディ……

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