みあげればソラ


「じゃ、行ってくる。

何かあったら、飯田さんに連絡して。

三日に一度は社に記事送る予定だから、居場所は彼女が一番把握してると思う。

緊急の場合は、弘幸に。

遠いっても京都だもの、3時間あれば帰ってこれるでしょ。

ま、亜里寿のことだから心配はしてないけど」


幸恵のサラエボ行きは、毎年のことだった。

一月ほどの滞在中、連絡はほとんどつかない。

それが彼女の仕事に集中する姿勢だった。


「大丈夫、慣れてるから」


そう言って、亜里寿はいつもと変わらぬ笑顔で頷いた。


最後に娘と交わした会話を思い出すたび、幸恵の心は痛む。


進学した高校で、亜里寿がいじめにあっていたことを知ったのは彼女が命を絶った後だった。


中学までは地元の公立校に通っていた。

3才違いの兄弘幸も通った学校だったから、何の気負いも心配もなかった。

袴田家の事情も、二人の父親が違うことも、亜里寿の肌の色が他の人とは違うことも周知の事実だったし。

おまけに何でもずば抜けて優秀だった兄の影響で、亜里寿は先生からの評価も甘く、庇護されていた。

実際の彼女は引っ込み思案で、物覚えが悪く成績も中の下、極普通の女の子だったのだけれど。


……その一際目立つ美しい容姿を除いては。
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