だから私は雨の日が好き。【秋の章】※加筆修正版

抱擁...ホウヨウ






一昨日の朝。

温かい感触が少し動くのを感じて、ゆっくりと目を覚ました。


懐かしい温度が、すぐ近くにある。

ぼんやりとした頭で、どうしてこんなに落ち着くのだろう、と考えていた。




目の前には、白いシャツとピンクのネクタイ。

触れている感覚は、少し硬くてなんだか触り心地が悪かった。


少し動くたびに、それにあわせて優しい手が私をゆるく抱いていた。




そして、想い出す。

そこにいるのが、夢の中でしか会えない人ではないことを。



重いまぶたをそっと上に向ける。

それに気が付いて、私を包んでいた腕が少しだけゆるめられた。


そして、私が動きやすいようにスペースを作ってくれていた。




「おはよう」




その声は、どこか恥ずかしげで、それでもとても幸せな響きを連れてきた。

声の主は少し充血した目を私に向けていた。

とても優しい顔で。




「・・・おはようございます、櫻井さん」




なんだか顔を見られるのが恥ずかしくて、合わせた目はすぐに逸らしてしまった。

それを見て頭の上からくすくすと笑う声がする。


すぐ近くから聴こえるその音に、私の全ての神経が反応しているようだった。




「目が腫れてるぞ。それ、なんとかしないとな」




そう言って、遠慮がちに指を寄せる。

あの医務室で感じた触り方で。




< 149 / 276 >

この作品をシェア

pagetop