吐き出す愛


 アドレス帳に新たに登録された、有川くんの名前。

 そういえばあの頃、有川くんの連絡先は知らなかったっけ。

 お互い携帯は持っていたけど、思い返すと連絡先を交換するなんてことはしなかった。

 単に学校で顔を合わせば話す程度の仲だったから、連絡先が必要なかったとも言える。
 けどよくよく考えれば私たちは、所詮その程度の関係だったってことだ。

 2人で過ごした時間があまりにも短く、そのくせとても濃密だったから、勘違いしていたけど……。
 私って実は、有川くんのことは全然知らない。

 話自体はたくさんした気もするけど、そのほとんどは世間話だった。

 だから有川くん自身のことで知ってることなんて、きっと大したことないのかもしれない。

 私が知ってる有川くんなんて、彼からしたらほんの一部の姿なのかも。


「じゃあ俺、そろそろ店戻るわ。また連絡するから、そのときはよろしく」

「うん。……連絡、待ってるね」


 やっとの思いで口にした精一杯の本心に、有川くんは笑って頷いてくれた。

 それから足早に、ヘアサロンに帰っていった。


 ……私、あの頃、有川くんの何を見てきたのだろう。

 彼の根本的な部分を見てきたつもりだし、ほぼそれが原因で関わりを絶ったのだけど、もしかしてあれは違ったのかな。

 そう考えると今の有川くんの態度だって、本心なのかも分からないよ。

 あの頃のことなんて何も気にしていないような素振りだけど、本当はあの日のことを根に持ったりしてる?

 久しぶりに会った私をからかうつもりで、もしかして誘ってきたの……?


「……考えすぎ、かな」


 さすがに有川くんが裏でそんなことを考えているのだと本気で疑っているわけではないけど、一抹の不安が残ったのは確かだった。


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