トリオ・ピアニシモ
 向かいの家の改修工事の音。廃品回収のいつもの声。蝉の叫び声。目覚めが悪いことを除けば、気持ちのいいくらい清々しい朝だ。

 僕は汗を一生懸命掻きながら、ベッドの中にいる。目覚めの悪さのせいか頭は冴えていて、ベッドの湿り具合から自分が寝ている間どれだけ汗を掻いたのかを、真面目に計算することができた。

 その計算にも飽きて、時計を見ると、針は律儀に役目を果たしていて、八時を三十分くらい過ぎたところを指していた。

 えいっと起き上がって、僕はいつものように部屋に合っていない黄色のカーテンを開けて、日差しを迎え入れる。空は青い。本当に目覚め以外は本当に素晴らしい朝だ。

 不思議なくらい眠くない目を機械的にこすり、コーヒーでも飲もうと僕は事務所のほうに降りていった。

 クーラーが効きすぎている事務所のソファーには昨日と同じ赤のアロハシャツに黒っぽいジーンズを着た元さんが座って、何かの書類を見ていた。様子から察するに徹夜で何かをしていたようだった。

 「おはよう」とだけ言って僕は事務所の片隅にあるキッチンに行き、ポットの中身を確かめる。湯は風前の灯だったが、僕がとどめを刺せるくらいには残っていた。僕はカップにインスタントコーヒーをブラックで注ぎ、元さんの前にあるソファーに腰を下ろした。

 「夏にホットかよ」

 「この部屋が夏とは思わせてくれなかったんだよ。ところで直子さんは?」と、僕はコーヒーをすすりながら言った。僕の思ったとおり、この室温にはホットコーヒーがよく合った。

 「さぁ、まだ寝てるんちゃうか?なにしろ、昨日帰ってないからな」と、元さんは無精髭をさすりながら、笑って言った。

 「見ればわかる。いい加減に夜遊びやめないと、直子さんがかわいそうだ。もし出て行ったりなんかしたら、こんな事務所直ぐに潰れる。そうなって、一番困るのは元さんだろ?」

 元さんはさっきと変わらない笑顔で、僕を見て「まあな」とだけ言って、書類に目を落とした。それが元さんのいつものパターンで何かと都合が悪くなったら適当な言葉でやり過ごす。金貸しとは思えない性格だった。
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