ファインダーの向こう
 沙樹は冷たいドアの前に棒立ちになり、なぜここに来てしまったのだろうかとぼんやりとした頭で考えた。


 寿出版を飛び出して、気がついたら足が勝手に逢坂のマンションへ向かっていた。一度来たことがあったため記憶を呼び起こしてなんとかたどり着いた。雨が降る夜の街を駆け抜け、すれ違う人が皆、沙樹のずぶ濡れの姿に振り返った。


(冷たい、寒い……)


 まるで逢坂の温もりを求めているようで、自分の甘さに嫌気がさした。


 渡瀬に口づけられた瞬間、逢坂と同じ色の瞳に吸い込まれそうになって身動きが取れなかった。同じような温もりに思わず逢坂を思い浮かべたが、目を開くと全くの別人に、沙樹は我に返った。


(あんなの……違う)


 どのくらい逢坂の部屋の前にいるだろう、インターホンを押す勇気もないまま沙樹が踵を返そうとしたその時だった。


「あ……」


「何してんだ」


 ガチャリとドアが開いて、仏頂面の逢坂が姿を見せた。まるで、誰がここにいるかわかっているかのように。


「……すみません」


「別に謝ることしてないだろ、そんなずぶ濡れになるまで仕事でもしてたのか?」


 皮肉のようないつもの冗談に、沙樹はほっとしたものを感じた。

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