ファインダーの向こう
「あいつは、だめだ」


 怯臆しながら沙樹がゆっくり振り向くと、すらりとした長駆の男が立っていた。漆黒の髪が夜の闇に同化して、その合間から沙樹を見下ろすその双眸もまた闇のようだった。


「だ、誰……? あっ」


 その男に気を取られている間に、里浦は見る影もなくなってしまった。もしかしたら何かの情報になったかも知れないと思うと、とんだ邪魔が入ったことに沙樹は憮然としたものを隠しきれなかった。


「ちょっと、一体な―――あれ?」


 沙樹が自分を引き止めた男に、文句のひとつでも言ってやろうと思い向き直ると、既にそこには誰もいなかった。何事もなかったかのように、歌舞伎町を若者が行き交っている。


(な、なんなの……?)


 ほんの一瞬で姿が消えてしまい、幻でも見ていたのかと沙樹は首を振った。先程、目の前にいた男の姿を見たのは自分だけだったのかと思うと、沙樹は周りから取り残されたような気持ちになってハッとした。


(そうだ! 今、何時!?)


 沙樹が慌てて時間を確認すると、いつの間にか急いで新宿を出なければルミとの約束の時間に遅れてしまう時刻になっていた―――。
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