ファインダーの向こう
(行ったかな……?)


 逢坂が部屋から出ていき、気配がなくなったのを確認すると沙樹の瞳が大きく見開かれた。


 数時間前、逢坂と抱き合い口づけを交わして―――。


(それからどうしたんだっけ……)


 沙樹は身を起こして自分の格好を改めて見ると、素肌にバスローブのみを身につけている状態だった。


(私、逢坂さんに抱かれた……?)


 肝心の記憶がないことに歯がゆさを覚え、沙樹は先程まで逢坂が座っていたベッドの縁に手を滑らせた。しかし、そこはすっかりぬくもりが消え去ってしまっていた。


(もう、どうして……)


 やっと掴んだその手を振り払われたような気分だった。追いかけても追いかけてもひらりと躱されてしまう。


(それなのに……あんなこと言い残していくなんて)


 ―――俺より先に好きとか言うなよ……。


 耳元で確かに囁かれた逢坂の言葉。いつ自分の意識が浮上したのか覚えていないが、気がついたら逢坂がベランダでひとり煙草をふかしていた。誰かと携帯で話していたようだが、沙樹はなんとなくその相手が波多野ではないかと感じていた。


 切なさに目頭がじわりと熱くなるのを堪えて沙樹は携帯に手を伸ばすと、先程まで逢坂と会話をしていたであろう人物の番号を呼び出した。
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