そばにいたこと
君は、僕に話したことを後悔したかな。
きっと、考えて考えて、それでもやっぱり譲れなくて、君は手術しないことに決めたんだね。
今の俺には、その気持ちはよく分かる。

でも、あの時の僕は、そんな君の気持ちを思いやる余裕なんてなかった。
ただ、君が大事だから、君に死んでほしくなかった。
君は生きていてくれればそれでよかった。
この世から、伊藤沙耶という輝きが消えてしまうことが、なにより恐ろしいことだと思っていた。

君の繊細過ぎた心は、「生きる」ことを欲していたのかな。
いや、本当は君だって生きたかったんだろう。
病気なんてなかったら、普通の人と同じように生きたかったんだろ。

その証拠に、入学したての頃、君はあんなに嬉しそうに、野球部のマネージャーになりたいなんて言っていたじゃないか。
入学式の日、僕が声をかけた時、「ありがとう」と言ってあんなに嬉しそうに微笑んだじゃないか。



「死ぬなよ。絶対死んじゃ駄目だ。」


僕はそんな言葉を発したんだ。
君の中ではもう決定済みだったろうに、僕は無理矢理、君の結論から外れたことを君に強要した。


「そんなこと言わないで、春岡くん。」


「駄目だ!生きろ!」


そう叫ぶと、君は苦しそうに顔を歪めた。
きっと君は、「死」という一種の諦めの境地に立つことで、なんとか穏やかに日々を過ごせていたんだね。
だからそんな君にとって、生きることを考えるのはとてもつらいことだったんだ。


「目のガンなの!」


僕の声量に負けないくらい大きな声で、君が叫んだ。


「手術すると、私は光を失うの!……そんなの……いや……」


だんだん声が小さくなる彼女。
そのころの僕は幼すぎて、それでもなお彼女の気持ちを理解してやれなかった。

視力くらいなんだ、と思った。
彼女が生きていれば、目が見えなくたって生きていさえすれば。
僕が守る、と本気で思った。

今なら分かる。

その考え方は、僕の側でしかなかったんだ。
僕が良くても、彼女は嫌だった。
そのことに気付けなくて。


「それでも、手術してほしい。頼む!お願いだ。……その代り、僕が守るから。一生、君が困らないようにする。命を懸けて君を守る。」


「は、るおか、くん……」


「僕はずっと君のことが好きだったんだ。君が病気だろうが、目が見えなくなろうが、君は君だよ。変わらないんだ。僕は、君だけのことが好きなんだ。」


「だって、そんな……私、ものすごく重荷になるよ。」


「そんなのいいよ。いくらでも頼れよ。」


「目が見えなくなったら、転校するかもしれないよ。」


「転校したって会いに行く。絶対寂しい思いはさせない。」


「春岡くん……」


君の目が潤んでいた。
どうして泣いているのか、このときの僕には理解できなかった。

でもこのときはきっと、君は喜んでいたんだね。
後々どうなるかは置いておいて、今この瞬間だけは、確かに二人、幸せだった。

僕たちにも、幸せな時間はあったんだ。
思い出すと涙が出るような、優しい思い出がたくさん。

この時から僕たちは、いつも一緒にいるようになったね。
帰宅部の僕と君は、それぞれの悲しみを分け合って、日々を過ごしていた。
とても、ささやかだけれど、心の底から嬉しかった。

大好きな君が隣にいるだけで、単純な僕は幸せな気分になれた。

先のことから目を逸らし続けて。
浅瀬でじゃれあうように、二人だけの世界を僕たちは生きていたんだ。
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