【完】そろり、そろり、恋、そろり
もしかして、中田さんの言うイケメンって拓斗君たちのこと?男の人だけで来店という時点で珍しく、その上イケメンたちって、それ以外に考えられない。私の休みの日にそんな人たちが来ていたら、その時働いていた人から話があったりするはず。女性ばかりだと「昨日カッコいい人が来た」とか、そんな話をすることが多い。何かしら起こった時はすごい勢いでスタッフに広まる。


だから彼女が誰のことを言っているのか確信があった。そして、再び頭の中に現れた拓斗君に、心臓がドクリと脈打つのが分かった。


「……ここだけじゃなくて、案外身近なところに出会いはあるかも知れないわよ。実はもう出会ってるって可能性もあるし」


彼女を慰めようとしたように見せかけて、本当は中田さんを彼から遠ざけようとしているだけ。こんな10歳近く歳の離れた子を牽制しようとするなんて、私って情けなくて、心が醜い。


「そんなものですかね。ああいうイケメンは目の保養で、別で探すほうがいいかもしれませんね。ありがとうございました」


素直に出るお礼の言葉に、胸が痛んだ。


でも適当に嘘をついたわけではない。本当に感じていることだから。私だってここで働いていて出会いがない、出会いがないって言っていたけど、身近なところでこれかもしれないって出会いを見つけた。まだまだ出会っただけで、進展があったわけじゃないけれど……。


あれがちゃんと“出会い”になればいいな。そんな願いを込めての発言だった。そう信じたいのは私自身。


「さっ、さっさと後片付け終わらせて帰りましょう」


「そうですね」


私の言葉に中田さんは素直に返事をして、また掃除と片付けの手を進めている。私も同じように黙々と作業を再開した。






中田さんも手際が良かったおかげか、今日は珍しく閉店作業がスムーズに進み、勤務予定時間きっかりには仕事を終えることが出来た。


せっかくいつもより早く仕事が終わったし、買い物でもして帰ろうかな。そして軽食でも作って食べよう。惣菜とおつまみばかりなんて女子力低い事ばかりしていられない。


せっかく良いなと思う人と会えたんだから、普段から気に掛けていかないと。


よし、そういう所から意識していこう。そうしたら、自分に自信もつくかもしれない。


関係を変えるきっかけが欲しいなら、じっと待っているだけではなくて、自分が変わらなきゃ。



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