【完】そろり、そろり、恋、そろり
ご飯を食べる箸がほとんど止まらなかったこともあって、私の仕事復帰の報告をしたりしているだけで、食事中の会話は終わってしまった。


嬉しいことに拓斗君はおかわりまでしてくれた。


多くの言葉が無くても、ちゃんと食事を楽しむ姿勢が私にはすごく新鮮なものだった。こんな風に男性とゆっくり食事を楽しんで、心が穏やかになるような心地良さを感じることなんて、今までの私の人生には一度たりとも存在しなかった。


これまでは彼氏と呼べるに存在の人と食事をするときには、話が途切れないように、退屈していないだろうかとどこか気を使ってばかりで、私自身が食事を楽しむことが出来ていなかった。食べる事も好きな私にとってそれは苦痛でしかなくて、いつも私がギブアップ。


腐れ縁の男友達を除いて、異性と純粋に食事を楽しめる日が来るなんて、夢の様。


偶然かとも思っていたけれど、過去2回と今日、全てで心地よさを感じて、気のせいじゃなかったと確信した。
きっと私は、拓斗君みたいな人をずっと探していたんだと思う。


……けれど、この気持ちを伝えるのは恐い。


だって、私にとって彼をすごく貴重な存在。私の気持ちを押し付けたりして、この関係が終わってしまうなんて絶対に嫌だ。


彼みたいな人にはこれから先の人生で出会えそうな気もしない。だからこそ、失うことが恐い。このまま良き友人を続けていくことがベストな答えなんじゃないかと思う。


ぐるぐると考え事をしながら、洗い物をすませた。拓斗君は手伝うと言ってくれたけれど、今日は私が彼をもてなしたかったからそれは断った。


座って待っててと言うと、なぜか彼は来たときと同じように難しい顔をしていた。


ふとした拍子に見え隠れする違和感に、1人首を傾げた。
< 60 / 119 >

この作品をシェア

pagetop