恋愛しない結婚


そして、打ち合わせが始まる頃には薬が効き目を発揮し、体はかなり楽になっていた。

事前に会議室の準備をしようと、資料を抱えながら会議室のドアを開けると。

「うわっ、だ、誰……?」

ちょうど目の前に立っていた男性にぶつかりそうになり大声を上げた。

「あ……あ……夕べのプロポーズ男」

目の前には何故か、夕べ輝の店で会った男前がいた。

上質だと一目でわかるスーツを身にまとった長身の体全体で私の目の前に立ち、ニヤリと笑っている。

切れ長の目とすっきりとした輪郭。

薄い唇が綺麗におさまった顔。

輝の店の暗い照明の中で見た印象よりも、かなり目をひく整った容姿。

あぁ、この人もてるんだろうなあって感じてしまう。

「で、夕べの返事は?」

突然のことに茫然としながら彼の口元あたりを見ていると、彼はそんな私に構うことなく囁いた。

余裕に満ちている彼とは反対に、私はその言葉にはっとし、身動きできなくなった。

「じょ……冗談は輝のお店だけにしてよ」

呼吸の合間にようやくそれだけを言うと。

「冗談なんかじゃない。でも、あの店でまた口説かれたいなら何度でも言うけど?今夜も夢と一緒に飲むのを楽しみにしてるから」

「はぁ?」

私の頭を軽く撫でて席についた男前の言葉に呆然としながら、私は会議室の入口から動けずにいた。

夢って私のこと呼び捨てにした。

輝以外の男から、久しぶりに呼び捨てにされた。

何だか気恥ずかしくて照れくさい。

女子高生じゃ、あるまいし。

何事もなかったように落ち着いた様子でパソコンを開いている男を見ながら立っていると、

「どうしたんですか?資料、配るの手伝いますよ」

背後から怪訝そうな声が聞こえた。

「あ、葉山くん、……えっと、何でもないんだけど、じゃ、これ、お願い」

探るような視線を向ける葉山くんに慌てて資料を押し付けると、その視線を避けるように会議の準備を始めた。

そんな私をくすりと笑った男前……。

えっと、どうして彼はここにいるんだろうか?

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