隣に座っていいですか?これはまた小さな別のお話
女性は桜ちゃんの身体を抱きながら、勝ち誇ったように田辺さんを見上げる。

田辺さんは顔をそむけ
ずっと遠くを見ていた。

「ママも会いたかった。大きくなったわね」
しがみつく桜ちゃんから身体を離し、小さな手が残したジャケットンのシワを見て嫌な顔をした。

違和感。
子供に会いに来たのに
桜ちゃんを引き取ろうとしているのに、どうしてそんな顔をするんだろう。

そして
今まで会いに来なくてごめんね……そんな言葉は出ないのだろうか。

「桜に会えて嬉しかった。今日はパパが怒ってるから、一回帰るね」
高そうなブランドの時計を見ると、桜ちゃんの目からまた涙が浮かぶ。

「そんな顔しないで、また会いに来る。今度一緒にお買いものに行きましょう。可愛いお洋服を沢山買ってあげる」
桜ちゃんの涙を指で払うと

「ぜったいくる?さくらにあいにくる?」
小さな小指を出すから、女性は自分の小指を出して桜ちゃんと絡ませる。

「次の日曜日に来る。一緒にお出かけしましょう」

そう言って
桜ちゃんの額にキスをして
高級車に乗り込み「じゃ、紀之さん。またね」軽い調子で敷地から出て行った。

「お父さん。さくらのお母さんがさくらにあいにきたんだね」

興奮冷めやらず
桜ちゃんは満面の笑顔を見せ、田辺さんにそう言うと田辺さんは何も言わず桜ちゃんを抱き上げ、目を閉じてずっと抱きしめていた。


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