黄昏時に恋をして
再び黄昏時
 私と戸田さんの関係は、ラーメンデートっきり何もなく。ラーメンの時みたいに何か口実はないかと考えてみるけれど、名案は浮かばず。あれ以来、困ったことに深谷さんが、度々、私の家に姿を見せるようになってしまった。
『妻とは別れるから、オレと結婚してくれ』
 私だって、奥さんがいる人だと知っていたら、最初から付き合わなかったのに。奥さんがいる人だと知ったから、横綱食品を辞めて、遠くまでわざわざ車で出勤しているというのに。深谷さんとの思い出を断ち切って、新たな恋に走り出したのに。
 駐車場に車を止めて、歩いて五分。マンションの階段のところで、今日も深谷さんが待っていた。
「おかえり」
「どうして、うちまで押しかけるんですか? もう、終わったじゃないですか?」
「多香子が他の男といるのが、たまらなく腹がたつ」
「勝手なこと、言わないで下さい。あのまま深谷さんと付き合ったところで、幸せにはなれない」
 鋭い眼差しを、深谷さんに向けた。
「それに私、近々、引っ越しますから。もう、ここには来ないで下さい」
 そうだ。茨城に引っ越そう。とっさについた嘘が、私の心を揺らした。
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