苦恋症候群


いつだって、他人と適度な距離感で付き合ってきたつもりだった。



「異動、ですか」



決算業務で、バタバタしていた3月下旬。出勤するなり珍しく先に来ていた支店長に問答無用で給湯室へ引っぱられたかと思えば、告げられたのは来年度からの人事異動の話で。

ここ永田支店の支店長、谷原支店長はタバコをふかしながらにやりと笑う。



「そう。ちなみに異動先は本部の審査部な。よろこべ、うまくやれば出世コースだぞ」

「審査部……」

「おまえの融資業務の実績が評価されたんだ。……うれしくないか?」



たぶんそのときの俺は、何の感情もない表情をしていたと思う。

けれどその中から何かを感じとったのか、谷原支店長がタバコを口から離して首をかしげた。

俺はただ、流し台横のポットに目を向ける。



「俺は、営業店での業務で十分でしたから」

「まあ、ウチとしても三木が出るのは惜しいよ。でもま、こればっかりは仕方ないからなー」
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