苦恋症候群
「……そう! 私のタイプは課長みたいな優男風ダンディー! 年下はちょっとなぁ」

「あはは、三木くんかわいそー。でも残念だね、その真柴課長も支店に異動することになって」



何気ないその言葉にも動揺しかけるけど、努めて平静を装う。



「けどまあ、栄転でしょう。あの歳で支店長なんだから」

「そうだねぇ。あーあ、ウチも今度新人来るの。根性ある子だといいけど……」

「ふふ、がんばれ中堅職員!」



真柴課長との不倫関係のことは、誰にも言ってない。もちろん、仲の良い麻智にも。

ただ彼女は、たとえばテレビの中の俳優にするみたいな……淡い憧れを抱いてるだけなんだと、きっとそう思っている。


そんなふうに、こっそり見ているだけで満足するべきだった。

真柴課長と関係を持ったことを、後悔してるわけじゃない。

それでも私のせいで彼を後ろ暗い世界に引き込んでしまったことが、ただひたすらに申し訳なかった。



『ははっ。森下は、かわいいヤツだなあ』

『真柴代理、それ子ども扱いですかー?』



ふたりともお酒が好きで、妙に話が合う。

知り合った頃と同じ、ただの上司と部下のままで、いられたならよかった。



『真柴課長……私は、いなくなりません』



少し前の記憶が、ふいに脳内をよぎる。

一線を越えてしまった私はもう、いつかのような綺麗な心で、彼の話をすることができない。
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