桜唄


「ごめんね…」


私は思った。

翠にこんな悲しい顔、させたくない。



「なんで謝るの…別れ話とかやなんだけど」

翠の声は少し震えていた。



顔を翠の胸にうずめながら言う。


「……そんなんじゃないよ」

「…じゃあ、なんなんだよ」


翠の声は平然さを装っていたけど。

今にも壊れそうで、とてももろかった。



「…なんでもない」


これからは、翠とちゃんと向き合っていかなきゃ。


他の誰とも比べられない、ひとりの人として、この人を好きになるんだ。

律の代わりじゃない、ひとりの翠を。



一年たった、5月の最初の日。


甘くてしょっぱい夜だった。



< 27 / 130 >

この作品をシェア

pagetop