桜の木の下で-約束編ー

12.失った声-和鬼-




春祭りの翌日、
YUKIとしての仮初の時間。


いつものように歌を紡ごうと
口をゆっくり開いた。



鼓の音色は響き続けるのに、
ボクの声が出ない。


弦を爪弾く両手を箏から話して、
視時からの喉元にそっと添える。


『出ろ。出ろ、ボクの声』


何度も念じながら、
口をパクパクさせるものの、
声が出る気配は一向に感じられない。


カメラに映らないギリギリの位置で、
有香が駆け寄ってくる。



「YUKI、どうしたの?
 喉がどうかしたの?」



有香の問いかけに、
ボクはただ頷いた。




それからの有香の行動は早い。



生番組なので、CMを挟んで
それ以降の手順をスタッフがやり替えてくれる。


司会の人が、すかさずトークを入れてCMへ誘導。

今日歌うはずだったサウンドが、
フェイドアウトしていく。



「YUKI」



今も声が出ないボクに、
有香さんは駆け寄ってくる。




「病院に行かないと……。
 明日は、マスコミ覚悟しないといけないわね。
 社長と会長には連絡したわ。

 大丈夫よ、YUKI。
 貴方の声もちゃんと出るようになるわ。
 
 神前医大、時間外だけど頼んでおいたから。
 車回してくるわね」



そう言って有香がボクから離れた途端、
ボクは闇に紛れて、
テレビ局から逃げ出すように
人としての姿を解いて暗闇に紛れ込んだ。




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