桜の木の下で-約束編ー



言葉で説明するのは
とても難しい。



この場所は、
人の世に近い場所でありながら
決して通常の人が
捉えることが出来ない空間。



だけど時折、自らの意思で迷い
飛び込んでくる狭間【せかい】。



薄暗く明るい光が
まっすぐに差し込まない
この場所を遠い……
古【いにしえ】の昔、誰かがこういった。





『この場所は、
 水面の下の世界みたいだね』






水面の下。


深いところにある世界。




そう言われたのは、
どれくらい昔のことなのか、
今はもう思い出されない。



発狂しそうなほどに
永い【ながい】時をボクは一人、
この地に暮らし続ける。



この場所にボク以外の鬼はなく、
この場所にボク以外の生も存在しない。



ボクを取り巻くものは、
生気【せいき】が終【つい】えた木の枝。

乾いた音を立てながら
無造作に地上へと落ちていくその上を、
ボクは踏み鳴らしながら山道を歩く。


その先に見える祠の中に、
ボクの住処である、廃屋の日本家屋が佇む。


廃墟の一室に飾ったままの刀の鞘を解き放ち、
刃が映し出す景色を見つめる。


桜塚神社の神木が感じ取る情報が、
ボクの相棒を通して、情報を流し込んでくる。



その刃が映し出した、
人間としてのボクのマネージャーの姿を確認して、
意識を人間界の時計へと集中させる。


刃には、
デジタル時計の数字が映し出される。




『行かないといけないね』



誰も居ない空間で吐き出すように紡ぐと、
廃墟の中で一人、食事を済ませて
人間界へ向かう準備を始めた。

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