桜の木の下で-約束編ー

10.黒い渦 -咲-




『咲、
 アナタなんて要らないのよ』


待って、行かないでっ。
咲を捨てないでっ!!




『咲、サヨナラ……』




いやっ、
咲を一人ぼっちにしないで。




(和鬼……和鬼……)






いやぁーっ。




真っ暗な世界、
自身の声が部屋中に響く。



ぐっしょりとかいた汗が
肌にはりつく。






「姫さま。

 姫さま、
 いかがなされましたか?」





襖の向こう、
共に旅をする珠鬼が気遣う声が聴こえる。


だけど……珠鬼が、
その扉を自分から開ける気配はない。



そう、何処までも珠鬼にとっては、
私は咲ではなく、昔、この地の王族だった
咲姫その者。




和鬼に逢いたい一身で、
利用する感覚で、珠鬼を共に連れて
歩き始めた鬼の世界の旅。




どれだけ歩いても、
季節は春から移り変わることはない。


同じような景色を歩き続け、
門のある王都を目指し続けるものの
旅を続ける中で、
時間感覚すら麻痺していく。



訪れるのは、朝と夜ばかり。


季節は姿を変えることはない。


旅の宿に借りるのは、
行く先々の街の集落。


いつものように珠鬼が交渉に赴いて、
村人たちが、咲姫として崇めるように滞在先を提供する。



そこで聞かされるのは、
和鬼と咲姫の話。







咲姫さま。


桜鬼神の手により、遠き地へ
流刑されたと聞き及びましたが、
珠鬼さまが救い出されて、
再びのお戻り、この地の民にかわりまして
寿ぎ申し上げます。







誰も私を咲として接するものは
ここにはいない。





なら、ここに居る私は何?


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