私たち、政略結婚しています。
そんな私を壁に追い詰めるように彼はさらに顔を近付ける。

「仕事は一流なのに、伊藤さんも案外、恋愛下手だね。俺も早く二人がくっついてくれたほうがいいんだけど。
自分的な区切りがほしいんだよね。『ああ、身を引いてよかったな』みたいなことを思いたいの。いいことしたなぁってね。まあ、勝手な自己満足だけど」

「な!からかわないでよ…!」

まさか、彼とはもう結婚していて、さらには別れそうです、なんて言えはしない。

「からかってなんかいないよ。もう、親愛なる先輩たちのために俺が一肌脱ぐしかないね。悪いようにはしないから、俺に彼氏のフェイクさせてよ。きっと伊藤さんは浅尾さんを奪い返そうと行動を起こすよ」

「そんなバカなこと…!」

私が驚いてそう言ったその瞬間。

「浅尾!ちょっとこっちに来てケアネームの確認してくれないか」

克哉が私を呼んだ。

「ククッ、早速か。分かりやすい。楽しくなりそうだな~」

秋本くんはそう言ってようやく私から顔を離した。

「はーい!今行きます」

私は大きな声で克哉に返事をすると秋本くんを軽く睨んだ。
彼はクスクス笑ってパチッと片目を閉じた。

私は呆れながら彼に軽く笑い返すと手にしていたファイルを広げながら克哉の元へと向かった。


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