負け犬も歩けば愛をつかむ。
そんな疑問を抱いてキョトンとする私に、椎名さんは薄く微笑み返す。



「ちょっと専務と話したいことがあるから。……それとも、君が行きたい?」

「いいえ! そういうことなら、お願いします……!」



思いっきり否定してしまった。だって、出来ることなら顔を合わせたくないし。

でも、椎名さんが専務と話したいことって何だろう。仕事のことだとは思うけど……。

あの腹黒男、椎名さんにも見下すようなこと言ったらタダじゃおかないわよ!



「相手は性悪な狼だから、麻酔銃か何か持って行った方がいいかも……」

「ん?」

「あっいや、なんでも!」



思わずボソッと漏らしてしまった本音は、幸い彼の耳には届かなかったらしく、私は愛想笑いを返す。

もし何か言われたりしても、きっと椎名さんのことだからサラッとかわせるだろう。



「専務にこんな難題を言われた時はどうしようと思ったけど、椎名さんがいれば安心です。すごく頼もしいから」



メニューをまとめたノートをめくりながら言うと、椎名さんは静かにマグカップをテーブルに置く。



「……専務には『やるからには成功させる』だとか大口叩いたけど、俺もそこまで完璧な自信があるわけじゃないんだ」



その返答は少し意外なもので、私はノートから視線を上げて彼を見つめた。

色素の薄い綺麗な瞳が、伏せられた長い睫毛で見えなくなっている。

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