負け犬も歩けば愛をつかむ。
昼間の一件で化けの皮を剥いだから、もう私の前で紳士ぶるのはやめたってことだろうか。

恨めしげに睨みつけると、彼の後ろからストレートロングの髪の女性が視界に入った。

あれは……もしや九条さん? そう認識した直後。



「薫!」



彼女が専務のことをそう呼んだ。

……呼び捨て。ってことは、やっぱり九条さんと専務って付き合ってる!? 大スクープ!


明日こっそり皆に報告しなきゃ!と色めき立つ私に反し、専務は至って普通に九条さんの方を振り返る。

すると、彼女も私の存在に気付いたようで一瞬目を丸くし、すぐに会釈した。



「じゃあ、健闘を祈るよ」

「あ、はぁ……」



きっと心にもないだろう激励の言葉を残した専務は、九条さんと一緒に颯爽と出口に向かっていく。

二人で売り場を見に来ていたのかな……。専務秘書という立場の人はいないけれど、その役割を九条さんが担っているようにも思えてしまう。

でも名前を呼び捨てで呼ぶくらいなんだから、きっと親しい仲であることに違いはないだろう。

やっぱり二人並ぶと絵になるしね……。


そう思いながら、なんとなく二人の姿を目で追っていると、彼らとほぼ入れ違いで私の待ち人がやってきた。

ワイシャツの袖を腕まくりした姿と、ナチュラルな黒髪に整えられた顎髭、いつ見てもカッコいい椎名さんに胸が躍り出す。

彼は私を見付けると軽く手を上げた。

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