風の放浪者
「そう腐るな。明日になれば晴れる」
「いや、そうじゃない。何か不吉な感じがするんだ。いや、ハッキリとはわからないが……」
男は腰掛けていた椅子から立ち上がると、ガタガタと耳障りな音を鳴らす窓に近付く。
雨粒によって濡れた窓の外を覗けばそれぞれの建物の窓から漏れ出る明かりは淡く滲み、まるで水彩画のようだった。
「俺の故郷では、嵐は精霊が怒っているから起こると言われている。人間が何かやらかしたのかもな」
「うちの故郷では、風の精霊が踊りを踊っているらしい。まあ、ちょっと迷惑な部分もあるが。しかし、土地によって伝わり方が違うようだな。他にもありそうだから、調べてみるか」
「面白そうだな」
口許を緩めつつ仲間にそのように返事を返すも、男は窓から視線を外さない。
それは、自分の故郷に伝わる「夜の嵐は、同時に不幸を招き寄せる」という迷信を信じていたからだ。
信心深い――
仲間達からそのように揶揄されているが、現に彼の故郷では嵐の日に良くない出来事が起こることが多かった。
老人が病で倒れたり、家畜が何処かに消えてしまう。
偶然と言ってしまえばそれまでだが、それが重なれば重なるほど必然へ変わっていく。
それに目に見えぬ不可思議なモノを信じていかなければ、この仕事はやっていけない。
いや、仕事ではなく研究といった方が正しい。
男達が研究しているのは、ある事実に付いての真実を明らかにすること。
集まっている者達の顔触れに統一性はなく年齢も出身地も一致しないが、唯一共通していることは彼等が調べている内容。
それは、神話という名前の不確かな物語。
いつ記録として書き記され作者は誰なのか――それさえ判明しない、この世で一番の謎めいた書物。
その解明に当たっているのが、彼等だった。
「皆、集まってくれ」
学者の中で一番の年長者である初老の男が全員を部屋の中心に集合させると、円卓の上に一冊の本を置く。
長い年月放置されていた影響で、至る箇所が茶色く変色してしまっている。
表表紙と背表紙には何も書かれておらず、目に付くのは無数の虫食いの穴。
それに解れとシミ。
また鼻を刺激するのはカビ特有の臭いで、一部の学者が顔を顰め横を向いてしまう。
そっと表紙を手で掃えば、大量の埃が空中に舞う。
その埃を思わず吸い込んでしまった者は反射的に咳き込み、表紙を掃った者を睨み付け「何をする」と、無言の圧力を掛ける。