風の放浪者

 空腹の影響か口いっぱいに頬張るが、その熱さに吐き出してしまいそうになるも懸命に口の中の中に納め咀嚼を繰り返す。

 そして胃に流し込み一呼吸すると、白い息が吐き出された。

 昨日、エリザが用意してくれた夕食はパンと野菜スープのみ。

 無論、育ち盛りの人間にとってこれほど侘しい食事はなく、空腹のあまりなかなか眠りに付くことができなかったくらいだ。

 瞬く間のうちにユーリッドはクレープを平らげると、もうひとつ購入することにする。

 肉汁たっぷりの分厚い肉を使用しているので胃がもたれるのではないかと心配だったが、意外に食べ易い。

 ピリ辛の香辛料が胃を刺激しているのか、二つ目も簡単に胃に納めることができた。

 刹那、不吉な気配を感じ取る。

 ユーリッドは真剣な目付きで周囲を見回し気配のもとを探るが、それらしき人物はいない。

 気のせいと思うも、その気配は消えることがない。

 続いて悪寒を感じたユーリッドは素早くその場その場から離れると、遠い位置から気配のもとを探る。

 すると吟遊詩人らしい人物がユーリッドがいた場所を通り過ぎるが、彼はエリックではない。

 その者は正真正銘のプロの吟遊詩人で、エリックのように聞き手を気絶させることはない。

 “吟遊詩人”という職業に過敏に反応を示す体質になってしまったことにユーリッドは嘆息するが、あのような不可思議な人物と出会ってしまったのだからこれは仕方がない。

 それに出会った瞬間、満面の笑みを浮かべ馴れ馴れしい態度を取るのだから始末に負えない。

 今日、この街で秋祭りが開催される。エリックは自ら吟遊詩人と名乗っているので、何処かで歌う可能性が高い。

 エリザとの約束を果した後ゆっくりと祭り見物をしたいところであったが、彼と出会いたくないというのがユーリッドの本音であり、まだ命を落としたくはない。

(このまま帰るべきか。しかし……)

 しかし今の一番の難点は、帰宅と同時にエリザと出くわした時、何と言い訳をすればいいのか。

 流石に「修道院の食事が」とは言えないので「散歩をしていた」と言うのが、妥当だろう。

 だが同時に「朝食を」と言われる可能性も高いので、戻ると同時に温泉へ向かうのが一番いい。

 使用するタオルも脱衣所に外部から来た客専用にタオルが置かれているので、心配はない。

 これを利用すれば部屋に置かれているタオルを取りに帰らずとも、温泉に浸かることができる。

 これから行うべき計画を瞬時に練ると、ユーリッドは行動に出る。

 だが、修道院へ向かうその途中で、街の景観に不似合いな薄暗く物悲しい何とも表現しがたい一角を発見する。
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