風の放浪者
「本当だよ。他の吟遊詩人の方が上手いよ。お兄さん、吟遊詩人を廃業したほうがいいんじゃない」
容赦ない言葉の数々に「下手」と罵られた吟遊詩人は、馬車の隅で身体を丸めいじけだす。その不憫すぎる姿に殺意を抱いていた大人達は一変、同情心が湧き出す。
子供が言うことを真に受けてはいけないと励ますが全く効果はなく、それどころか深く心を傷付けてしまう。
プライドを傷付けられたことにより、吟遊詩人の目元に涙が滲む。
予想外の展開に乗客はこれはいけないと互いの顔を見合すと、懸命に取り付くっていくがいい言葉が思い付かない。
「真に受けてはいけない」
「練習すればいい」
「最初は、誰だって……」
「この道、五年です」
衝撃的な一言に、大人達の身体は硬直してしまう。
てっきり一年目の初心者だと考えていたが、まさか五年もやっていたとは――皆、言葉に出さないが「才能なし」の文字が脳裏を過ぎる。
しかしそれを言ってしまった今以上にプライドを傷付けてしまうとわかっていたので、言葉を封じる。
「ま、まあいいんじゃないか」
「そうね」
「これも、個性のひとつだ」
「そう、個性は大事だ」
「が、頑張れ」
「いつか結果が付いてくる」
「何事も、続けることが大事だ」
「いつか報われる」
「そうなのかな?」
吟遊詩人を貶していた少年の言葉に、再び周囲が固まってしまう。
いい方向に持っていこうと全員が努力していたというのに、今の一言で全てが無駄になってしまう。
少年の母親が瞬時に口を塞ぐと吟遊詩人に謝るが、全ては遅かった。その証拠に、吟遊詩人の周囲に黒い影が漂う。
「まったくこの子は……申し訳ありません」
「い、いえ」
言葉とは裏腹に吟遊詩人の周囲に漂っている黒いオーラが、ますます濃くなっていく。
目的地までかなり距離があるというのに、その間このような気まずい雰囲気が漂う中で過ごさないといけない――全員の顔が引き攣り、吟遊詩人の演奏を「下手」と罵った少年の純粋さを恨む。