小咄

とある歯科医の診察事情

【キャスト】
歯科医:真砂 患者:深成(兄:捨吉) 歯科衛生士:あき
・:・☆・:・★・:・☆・:・★・:・☆・:・★・:・☆

「ほら深成っ。そんな駄々こねたって、どうせ行かなきゃならないんだから。いい加減観念しなって」

 とある建物の前で、捨吉が妹の手を引っ張っている。
 その妹は、思い切り足を踏ん張って、頑としてそこを動かない。

「やだ〜っ! 歯医者さんは嫌〜〜っ!!」

 捨吉に引っ張られながらも、深成はぶんぶんと首を振る。
 その頬は、ぷっくりと赤く腫れ上がっている。
 虫歯である。

「駄目だ! そんなに酷くなるまで黙ってるなんて、どんだけ我慢してたんだ。顔が変わってしまうよ?」

「だって治療だって痛いもの〜っ。怖いよぅ〜〜っ!!」

「駄目だっ!! 今日という今日は、何が何でも治療して貰うからね!」

 言うなり捨吉は、がばっと深成を抱っこした。
 そしてそのまま、さっさと建物に入っていく。
 がーっとドアが開いた途端、あの何とも言えないニオイが深成の鼻を突く。

「や〜〜だ〜〜!!! 放せ〜〜〜っっ!!」

 うわあぁん、と泣きながら暴れる深成に手を焼きつつ、捨吉は診察券を受付に出す。
 前もって予約しておいたので、深成は心の準備をする暇もなく、すぐに中に呼ばれてしまった。
 だが。

「い〜〜〜やぁ〜〜〜」

 がっちりと捨吉にしがみ付いたまま、ぎゃんぎゃんと泣き喚いて動かない。
 困っていると、中から歯科衛生士のあきが出てきた。

「どうしました? ……あらあら」

 待合室で泣き喚いている深成を見、あきはにこにこと近寄ってきた。
 歯医者というのは、こういう患者が多いものだ。

 ただでさえ歯医者の治療というものは痛い。
 しかも音が不気味。

 行きたくないところNo.1だろうに、そういうところに限って、一旦お世話にならないといけない事態に陥ると、自然に治癒するということがない。
 どうにかならないものか(しみじみ)。

 あきは慣れたもののように深成を覗き込むと、よしよしと頭を撫でた。

「大丈夫よ。うちの先生は上手だから」

「上手だとか下手だとか、そんなことはどうでもいい〜。痛くないなら、下手でもいいもの〜〜っ」

「あらあら。下手だったら、上手な先生が痛くなく出来る治療も、無駄に痛くなっちゃうのよ?」

 ひく、と深成の顔が引き攣る。
 そのとき。

「何をやってる」

 待合室前の廊下に、一人の医師が現れた。

「あ、先生」

 あきが振り返り、さっと深成の顔を見た。
 それだけで、頬の腫れがわかる。

「結構酷そうですね。ほっぺが腫れちゃってます」

 あきの報告に、医師はじろりと深成を見た。

「だったらとっとと入って来い。何をぐずぐずしてるんだ」

 仏頂面で言い、中に向かって顎をしゃくる。
 泣き喚いている患者を宥めようという心遣いなど皆無の先生のようだ。
 深成は捨吉に引っ付いて、ぎ、と医師を睨んだ。
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