小咄
---でももしかしたら、捨吉くんも深成ちゃんを好いてるってことも、あり得るんじゃないかしら……---

 捨吉の深成に対する態度は、妹に接するようなものだと思っていたが、はたして本当にそうだろうか。
 そんなあきの心を知ってか知らずか、不意に捨吉が、ぱっと深成の後を追った。

「時間も遅いし、やっぱり送るよ」

「え?」

 電車から降りながら、深成が驚いたように振り向いた。
 ずき、と胸が痛んだあきだったが、捨吉は、ぐい、とあきの手を引く。

「ほら、あきちゃんも」

「え?」

 今度はあきが、驚いた顔で捨吉を見る。
 停車時間は僅かだ。

 何が何だかわからないまま、あきは捨吉に引っ張られて、深成と共に九度山駅で降りた。
 ぷしゅ、とドアが閉まり、電車が走り出す。

「ていうか、わざわざ降りなくてもいいのに」

「駄目だよ。深成のマンション、駅から結構遠いじゃないか」

 言いつつ、捨吉はタクシー乗り場に向かった。

「とりあえず、ハイツ九度山まで」

 運転手に告げ、タクシーは三人を乗せて深成のマンションへと向かった。
 歩けば結構かかる道のりも、タクシーであればほんの数分だ。
 あっという間に深成のマンション前につく。

「んじゃ、わざわざありがとね。あきちゃんも、おやすみ」

「じゃあね」

 深成を降ろし、助手席から後部座席に移動した捨吉が手を振って、再びタクシーは走り出す。

「え~っと、あきちゃんの家はどこだっけ」

「え、あ」

 慌ててあきが、運転手に行先を告げた。
 あきの家は深成の最寄り駅から二つ。
 少し距離がある。

「今日は捨吉くん、飲んでないの?」

 ちょっと間がもたず、あきは当たり障りないことを口にした。
 は、としたように、捨吉があきを見る。
 あれれ、と少しあきは訝しく思った。

 深成と喋るときは全然普通なのに、あきと喋るときは、何だか固いような。
 前に一緒に遊んだときや、誕生日に食事に誘ってくれたときは、普通だったように思ったが。

「ビール一杯だけかな。飲み屋じゃなかったし」

 はは、と笑う笑顔も、どこかぎこちない。

「でも、帰りにあきちゃんに会うなら、もうちょっと飲んでおけば良かったかな」

 ぽりぽりと頭を掻きながら、捨吉が言う。
 ん? とあきが覗き込むようにすると、少し捨吉は、ドアのほうへと下がった。

「い、いや、ほら。何か、意外とタクシーって距離が近いなぁって。何か緊張する」

「え、だって、遊びに行ったりしたじゃない」

「うん、そうなんだけど。ていうか、外歩いたりする分にはいいんだよ。何でかな。自分で動いてるからかなぁ」

 照れ臭そうに、しきりにきょろきょろしながら、捨吉が言う。

「……そう? ゆいちゃんとかだったら、もっと近かったんじゃないの?」

 捨吉の気持ちが知りたくなり、あきは突っ込んでみた。
 途端に捨吉の顔が素に戻る。

「近いも何も。でも俺、ゆいさんだと何ともないよ。違う意味で距離が気になるけど」

 憮然と言う。

「そういえば、ゆいちゃん、捨吉くんに貰ったプレゼント、嬉しがってたわよ」

 きょとん、とした表情で、捨吉があきを見る。

「……ああ。ほんと、あのお土産くれたお客さんに感謝だな」

「今日のお店でさ、うっかり千代姐さんの鞄にも入ってるのがバレそうになって、焦ったのよ」

「ははっ。まぁ別にバレてもいいんだけどね。変に俺からのプレゼントと思われても困るし。ていうか、ゆいさん、あれ皆に配ったお土産だって気付いてなかったのか」

「気付いてないわね。喜んでたもの」

 帰り際にそんなことを叫んでいた。

「ゆいちゃんも、ああいうところは可愛いんだけど」

 ふぅ、と息をつく。
 捨吉は苦笑いした。

「まぁねぇ。ゆいさんも、ほんとはそんなに嫌な人じゃないと思うんだけど。だから、あんまりはっきり言うのも悪いかなぁ、と思ってしまう」

 はっきり言ったほうがいいこともあるのだが、根が優しい捨吉には、なかなか人に冷たくする、ということが出来ない。
 そういう態度が余計関係をこじらすこともあるのだが、普通の人なら気付くぐらいは態度に出しているつもりなので、後は相手に察して貰うというところまでが、捨吉の出来る精一杯だ。
 生憎ゆいには伝わってないようだが。

 そうこうしているうちに、タクシーはあきのマンションの近くに。

「あ、えっと、その辺りで結構です」

 あきが運転手に言うと、捨吉が、ああ、と残念そうな声を出した。

「ゆいさんの話をするために、わざわざあきちゃんを送ったわけじゃないのに」

 ん、とあきが捨吉を見る。
 タクシーが止まってしまったので、捨吉は会計を済ませて車を降りた。

「捨吉くん。降りちゃっていいの?」

 走り去るタクシーを見送り、あきが不思議そうに言う。
 捨吉は、きょろ、と周りを見回し、腕時計に目を落とした。

「ここからは電車で帰るよ。駅はあっちだよね?」

「あたしたちを送るためだけだったの?」

「ん~……、まぁ。ていうか、送るのは口実。あきちゃんと話したかったし。電車よりもタクシーのほうが、ちょっと長いでしょ」

「それはそうだけど……」

 ちょっと微妙な表情で、あきが言う。
 やはり、捨吉の気持ちはわからない。

「変なの。会社でだって喋ってるじゃない」

 少しつっけんどんに言うと、捨吉は、ちょっと真剣にあきを見た。

「あきちゃんとは、会社以外でももっと話したいんだ」

 え、どういうこと? と思う間もなく、それだけ言うと、捨吉は片手を挙げて歩き出した。

「……あ、その先を左に曲がったら、駅前に出るから」

 足早に歩いて行く背に言うと、くるりと捨吉が振り向いた。
 照れたような表情で、慌てたように、こく、と頷く。

「また、二人で遊びに行こうよね」

 さっきの言葉に応えるようにあきが言うと、捨吉は、一瞬だけ目を見開いた。
 が、すぐに、ぱっと笑顔になる。

「うん! あのさ、映画館の券があるんだ。今度行かない?」

「うんっ。行きたい!」

 お互い嬉しそうに手を振ると、捨吉はまた、照れたように足早に去って行った。
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