小咄

とある高校生カップルのバレンタイン

【キャスト】
彼氏:真砂 彼女:深成
・:・☆・:・★・:・☆・:・★・:・☆・:・★・:・☆

 その日も深成は、学校帰りに図書館で真砂に勉強を見て貰っていた。
 季節はすっかり冬である。
 真砂も受験が近付いて来たし、毎日学校帰りは図書館でみっちり勉強している。

「もう一年の勉強は何も問題ないな。前の実力テストでも、かなり上にいたじゃないか」

 ノートを片付けながら、真砂が言う。

「ん、でも、頑張らないと。先輩と同じ大学に行けないもん」

 最早恒例の図書館の閉館メロディーを聞きながら、深成も勉強道具を片付けた。
 今は二月に入ったところ。
 受験も佳境を迎えている。

 真砂は元々頭が良いので、さして大変そうではないのだが、それを追う深成は大変だ。
 相当頑張らないと、同じ大学へは行けない。
 何せ真砂の志望校は、超難関大学だ。

「寂しいな……。もうちょっとで先輩と会えなくなっちゃう」

 真砂の横を歩きながら、深成がしょぼん、と項垂れる。
 あと少しで、真砂は卒業してしまう。

「そう遠くに行くわけじゃない。まぁまだわからんけど、合格すれば受験生でもなくなるし、会おうと思えばいつでも会えるぜ」

「うん……」

 項垂れたまま、深成は真砂の手を握った。
 そう言ってくれるものの、何せ真砂は格好良いのだ。

 大学へ行けばサークルもあるだろうし、今までとは違う世界が広がるはずだ。
 人付き合いも増えるだろう。
 そんな中で、この真砂を周りが放っておくはずがない。

---女の子だって皆お化粧とかして綺麗だろうし。コンパとかゼミとか、いろんな人とがっつり会う機会が増えるよね---

 ぐるぐる考えながら、ちらりと図書館のガラスに映った己に目をやる。
 真砂よりも頭一つ分ほども小さく、細っこい身体は色気の欠片もない。
 やたらと子供っぽく見えるのは、制服を着ているせいばかりではないだろう。

---綺麗なお姉さんたちに慣れたら、わらわみたいな子を連れてるのは恥ずかしくなるんじゃないかな。今はまだ先輩も制服だから変に見られないけど、先輩が大学に行っちゃったら、わらわ、捨てられちゃうかも---

 頑張って同じ大学に入るとしても、深成が入学するまでは二年もある。
 はたして真砂が二年も待ってくれるだろうか。

 不安に思っていると、繋いだ手に、きゅ、と真砂が力を入れた。

「最近図書館に寄るだけで、遊びに行けてないからな……。さすがにもう本番が近いし」

 入試は二月の末だ。
 もう一か月を切っている。
 今年に入ってからは、週末に会うことはなくなっている。

「うん。それはしょうがないよ。その代わり、毎日帰りに一緒にお勉強してるし」

 それでもやはり、深成は先行き不安だ。

「ねぇ先輩」

 駅に向かいながら、ちろ、と深成は真砂を見上げた。

「今年のバレンタイン、日曜だよね。でも当日には……会えない?」

 真砂が視線を落とした。
 あ、困らせちゃった、と後悔し、深成は慌てて言葉を続ける。

「あ、あの、いいの。しょうがないもんね。わらわ、先輩の邪魔はしたくないし」

 バレンタインは試験本番の十日前なのだ。
 いくら何でも、そんな日に遊んでいられるわけはない。

「わらわの我が儘で、先輩が受験失敗しちゃったら嫌だし。気にしないで頑張ってね」

 早口に言い、深成はぶんぶんと手を振って、何か言いたそうな真砂と別れた。



「ねぇ深成ちゃん。バレンタイン、どうするの?」

 次の日のお昼、あきがお弁当を食べながら、興味津々に深成に聞いた。
 すでに十日だ。
 バレンタインはすぐそこである。

 が、深成はどよ~んとした空気を纏って、虚ろにあきを見上げた。

「ど、どうしたの」

「うう、あきちゃぁん。わらわ、先輩に嫌われちゃったかも~」

 しくしくと泣き出す。
 ええ? とあきは驚いて身を乗り出した。

「どうしたの。何かあった? 毎日一緒に帰ってるじゃない」

「そうだけど。わらわ、先輩がもうすぐ受験だってわかってるのに、バレンタインに会いたいなんて我が儘言っちゃって。先輩困ってたもの。きっと何もわかってない馬鹿野郎だって思われちゃった~」

 うわぁん、と机に突っ伏す深成を、あきはぽかんと眺めた。
 が、すぐに目尻が下がる。

---あらあら、何だか面白い展開だわね。ていうか、あの先輩が困るんだ。深成ちゃんだからでしょうね~。どんな表情してたのかしら?---

 うふふふふ、と口を押えて含み笑いする。

---それにしても深成ちゃんたら。先輩がそんなことで深成ちゃんを嫌うわけないじゃない。可愛い深成ちゃんに会いたいなんて言われて困っただけよね。自分だって会いたいんだろうし、何といってもバレンタインですもの! 深成ちゃんからのチョコは欲しいはずよ!!---

 にまにましながら、あきはぽんぽんといまだ突っ伏して泣いている深成の頭を叩いた。

「大丈夫よぉ。今日だって、ちゃんと普通に待っててくれるわよ」

 が、ふるふると深成は頭を振る。

「今日は元々、先輩塾のオープン試験受けに行くから一緒じゃないもの」

 おやおや、こりゃまた稀に見るこじれっぷりだわ、と目を細め、あきは教室に貼ってあるカレンダーに目をやった。
 今年は十一日が祝日なので、ということは十四日までは金曜日の十二日しかないわけだ。

---どうなるかしらね?---

 おんおんと泣いている深成を細い目で見つつ、あきはにんまりと口角を上げた。
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