小咄
「でしたら小指にするピンキーリングにされたら?」

「あ、なるほど。ピンキーリングかぁ」

 深成がやっと、指輪を手に取って小指に嵌めた。
 が。

「……おっきい……」

 するっと入って、するっと抜ける。

「サイズは調整できるので、大丈夫ですよ。お直しになりますから、ちょっとお時間頂きますけど」

「これ、シルバーだよね。汚れちゃったりするんじゃ」

「ではこちらのゴールドやプラチナになさいますか?」

 さらに横には、値札の桁がど~んと上がるが美しい区画がある。
 さすがにそれは、と思った深成の目が、一つの指輪に吸い寄せられた。

「これ……不思議な色」

 レモンのような黄色に見えるが、角度によっては緑掛かって見える。

「それはグリーンゴールドです。珍しいでしょう?」

「凄い綺麗」

 手に取って光に翳して見る。

「そちらは土台だけですので、お好きなものを入れられますよ」

「えっ本当?」

 嬉しそうに言った深成だが、値札が目に入った途端に気持ちが萎える。
 さっきのシルバーの、軽く倍以上だ。

「え~っと、やっぱりさっきのシルバーカメさんにしよっかな」

 視線を泳がせて言うと、何だか真剣に説明文を読んでいた真砂が顔を上げた。

「それがいいんだろ?」

 深成がトレイに戻したグリーンゴールドを見て言う。

「う、でも……。こっちも可愛いし」

 うにゃうにゃと言うと、真砂は説明文を、ちょい、と指した。

「じゃ、これを台に、ウミガメと……あとはプルメリアを彫って貰おうか」

「プルメリア?」

 深成がきょとんとしていると、店員が、目をきらきらさせて、はい! と答えた。

「プルメリアですね! 『永遠の幸せ』ですよ」

「指のサイズを測って貰え。右でな」

 店員の言葉に被るように言い、真砂は深成を顎で促し、少し離れた。
 こちらへどうぞ、と言われ、深成は赤くなりながらも指輪のサイズを測って貰う。

「ピンキーリングですね。右手……いいですねぇ」

 深成が出した右手を取りながら、店員が意味ありげに言う。

「どうして?」

「一般的には好感度アップですけどね。でもきっと、これですよ」

 店員が、ケースの上に置いてあったいろいろな指輪にまつわる雑学を書いたボードを引き寄せ、その中の一文を示した。
 『変わらぬ想いを伝える』

「いいですねぇ~」

 心底羨ましそうに言う店員に、深成は穴があったら入りたい思いで、真っ赤になりつつ、ひたすら小さくなっていたのだった。



 そんなことがあったのが土曜日で、オーダーメイドになったので、まだモノはないのだ。
 PCを打ちながら、深成はさりげなく己の右手を見た。

---いつ出来るのかな。嬉しいな---

 会計はピンキーリングということで少し安くはなったが、それでも深成には手が出ないほどだ。
 出来上がりの書いた紙などは真砂が受け取ったので、深成はいつ出来るのか知らない。

 定時に深成はPCの電源を落とした。
 今日は一日真砂は社長室で缶詰だった。

 毎年三月十四日は一日駆り出されるらしい。
 ホワイトデーの恒例行事のようだ。
 お返しがてら、何かに付き合わされているのだろう。

「じゃあ、お先に失礼しま~す」

 何となくそわそわしている捨吉とあきに言い、深成はフロアを出た。
 あの二人は、今日はご飯でも行くのだろう。

---今日はホワイトデーかぁ。あんな良い物買って貰っちゃったし、今日はご馳走作ってあげようっと---

 うきうきと、深成は足取り軽く家路を辿った。
< 393 / 497 >

この作品をシェア

pagetop