小咄

とある町医者での診察事情

【キャスト】
医師:真砂 看護師:あき 患者:深成(兄:捨吉)

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 小さなマンションに、うららかな朝がやってきた。
 捨吉はいつものように、トーストを仕掛け、妹を起こすべく、ドアをノックした。

「深成。朝だよ」

 返事はない。
 おや、と思ってドアを開けると、布団に丸まったままの深成が目に入る。

「どうした? あれ、熱があるじゃないか」

「うう、あんちゃん。気持ち悪い」

「わーっ! ちょっと待て!」

 慌てて捨吉は、深成を担いでトイレに駆け込む。
 ひとしきり胃の中のものを出しても、深成はくたりとしたままだ。

「う~ん、何か悪いもの食べたかなぁ。昨日の夜も、俺と同じものしか食べてないし」

 ぶつぶつ言いながら、とりあえず深成をソファに寝かせ、一番楽そうなワンピースを渡した。

「ほら、これなら被るだけで着替えられるだろ? 病院行こう」

「……病院やだ。注射されるもん~」

「わかんないだろ。とりあえず、そんな酷い状態なんだから、病院には連れて行くよ」

 渋る深成を抱え、捨吉は近くの小さな病院に駆け込んだ。


「あらこんにちは。どうされました?」

 受付で、看護師のあきが、にこやかに声をかける。
 捨吉は診察券を差し出しながら、ぜぃぜぃと息を切らせていた。

「あ、あの。妹の具合が悪くて。朝からずっと吐いてるんです」

「まぁ。ではこちらへどうぞ」

 あきに促され、待合室を通り越して、一つの部屋へと通される。

「さ、ここで寝ててください。気持ち悪くなったら、ここに吐いてね」

 点滴用の部屋でベッドに寝かされた深成を覗き込み、あきは、まぁ、と焦ったように声を上げる。

「顔色が悪いわ。大分具合が悪いようね」

「あ、それは……」

 捨吉が言いよどむ。
 深成が真っ青なのは、いきなり点滴用の部屋に入れられたことと、ただでさえ苦手な病院に連れ込まれたことによる。
 注射の恐怖が、ダブルで襲っているのだ。

「大丈夫だって。ここに入ったのは、待合室では寝てられないからだし、何も病院に来たからって、絶対注射されるとは限らないんだからね」

 子供に言い聞かすように、捨吉は深成のすぐ横に座り込んで言った。

 あきが出て行ってしばらくしてから、廊下を歩いてくる足音が聞こえてきた。
 しゃっとカーテンが開けられる。

「……どうした?」

 片手を白衣のポッケに突っ込んだ医師が、深成を見下ろして口を開いた。
 朝一で同じ言葉を捨吉にも言われたが、感情の入れようで、ここまで変わるのか、というほど冷たい声音だ。

 普通はお医者さんのほうが優しく聞くもんじゃないの、と思いつつ、おずおずと深成は、自分のすぐ横に立つ医師・真砂を見上げた。
 無表情に見下ろす真砂は、まさに深成を『見下している』感じだ。

 真砂はちらりと、傍らに立つあきを見た。

「あ。あの、えっと。患者さん、気分が悪いそうです」

「そんなことはわかっている」

 真砂の視線を受けて報告するあきを、ばっさりと切る。
 焦ったためか、阿呆な受け答えになってしまったあきだったが、ようやく自分の立場を思い出し、ささっと体温計を取り出した。
 手早く深成の熱を測る。

「38.5度。高いですね」

 ようやく真砂は、ふむ、と頷き、深成の横の椅子に腰掛けた。
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