地の棺(完)
狂気の領域
翌朝、シャワーを浴びた時に自分の首元を見た。

薄皮が破けて血が滲んだ痕はあるが、痛みはない。

ちょっと見ただけではわからないかもしれないけど、人目に晒したくなくて、大きな襟がついたモカベージュのワンピースに着替えた。

桔梗さんに会うのは怖いけど、当分ここで生活するならば避けてもいられない。

桔梗さんの雪君への態度は快さんや初ちゃんに対するものと、少し違う気がする。

快さんはこのことを言いたくて、わたしに雪君と関わりすぎないようにと言ってくれたのだと思った。


憂鬱な気分のまま身支度を整えていると、廊下が騒がしい事に気付く。

外に出ると食事部屋の前に、数人集まっているのが見えた。

皆、中に入ってはすぐに出てくる。

部屋から一番離れたところに、床に蹲ったままの多恵さんの姿を見つけ、わたしは慌てて駆け寄った。

とても嫌な予感がしたから。



そこには多恵さんのほかに、神原さん、シゲさん、快さん、そして雪君がいた。


多恵さんはわたしの姿を見るなり、


「あぁああぁぁ……」


と、喉の奥からかすかに漏れるような、言葉にならない悲鳴を上げ足にしがみつく。


「多恵さん? どうしたんですか?
一体何が……」


「な、な、中……」


そう言って多恵さんは食事部屋を右手で示す。


心臓がどくんっと脈打った。

また、誰かが……?


その場にいないのは、桔梗さん、初ちゃん、椿さん、亘一さん、千代子さん。


多恵さんは両手で顔を覆い、泣き崩れた。
< 110 / 198 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop