地の棺(完)
濡れる翼
姉さんと一緒に過ごした日々は短い。

年が離れていたことも原因だけど、姉さんが早くに家を出たせいでもある。

姉さんが十二歳の時にわたしが生まれ、物心がついた四歳の時に姉さんは十六歳だった。

いつも笑顔で穏やかで。

女の子だからってしつけにうるさい母よりも、姉さんの方が好きだった。

怖い夢を見たら抱きしめて眠ってくれて、失敗をしたら黙ってかばってくれて。

姉さんが大学生になると同時に一人暮らしをすると聞いた日は、泣いて泣いて泣き疲れて泣いて……とても困らせた。

大好きな柚子姉さん。


でも、わたしは姉さんのことをなにも知らない。




身が縮むような寒さと、体の上をなにかが這い回る不快感で目が覚めた。

重い瞼をこじ開け、視界に飛び込んで来たのは黒く濁った空。
じっとりと濡れた体はとても重く、背中に感じる濡れた土はわたしを捕らえて離そうとしない。

胸元を蠢くなにかに、顔をしかめながら必死に右手を持ち上げた。

力なく払いのけると、わたしの顔のすぐ近くにそれが落ちる。

何本ものとがった足を持つ大きなムカデ。

胴の太さはわたしの親指ぐらいで、20センチはありそうなその体躯今まで何度か目撃したことがあるけど、その中でも群を抜いての大きさだった。

ムカデは頭を持ち上げ、わたしの顔に向かって這い寄る。

その恐ろしさに、必死にもがきながら体を起こした。

がくがくと震える足を強く踏ん張り、足先に力を込めて地面を蹴るように移動する。

ぐにゃっとした感触がつま先に伝わり、自分が靴を履いてないことに気付いた。

でも今は少しでもムカデから離れるため、気にしてなんかいられない。

ぐっしょりと濡れた体は寒さで震え、自分の意志で動かすことが困難な程の倦怠感で今にも倒れてしまいそうだった。
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