とろける恋のヴィブラート
「嫌だよ……この手を離したら……二度と君に触れることができなくなる」


(お願いだから、柴野さん……正気に戻って!)


 徐々に指先が痺れて、奏は渾身の力で柴野の腕から逃れようと身を捩ったその時――。


「きゃっ」


 身体がふわっと浮いたような感覚がしたかと思うと次の瞬間、鈍い痛みが全身に走った。


「い、った……」


「そんな悲しい顔されたら僕も辛い……だから離してあげたよ」


 身を捩ったと同時に柴野から解放され、勢い余って奏は床に倒れ込んでしまった。


「ごめん、奏……今夜は帰ってくれないか……これ以上、傍にいられたら君をめちゃくちゃにしてしまいそうだ」


 柴野の冷めた言葉が奏の背中に突き刺さる。


「……わかりました」


 のろのろと身体を起こすと、奏はバッグを手に取った。


「……さよなら、奏。今更だけど、本当に君のことが好きだったよ」


「…………」


 奏は、踏み出す足を一瞬止め、柴野にかける言葉を逡巡したが、押し黙ったまま部屋を出て行った――。





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